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牛とともに生きた男

 劉秀というと牛。生まれると牽牛星に彗星が現れ、挙兵は牛にのって出陣し、匈奴と戦うのも牛の戦車。さらに次のような話も。
 太原の北の銀牛山。建武二十一年、白牛にのって畑を荒らす男がいた。農民が文句を言うと、天子の登封を見に行くのだという。牛にのったまま泰山まで登っていた。農民が後をつけていくと残っているのは牛の足跡だけ。牛糞を見るとすべて銀であった。翌年光武帝が泰山で封禅を行った。(酉陽雑俎の634話)
 やっぱり牛君も親友たる劉秀の晴れの姿を見たかったようですね。
 牛って普通は農作業で活躍するもの。その牛耕が中国で広まるのは、越智重明によると建武年間とされています。劉秀はやっぱり牛を中国を広めるために牽牛からやってきたのかもしれません。
 
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小ネタ

●織女と牽牛
 陰麗華が亡くなる直前に、織女の星座に流星が出たのだが、実は劉秀が生まれた直後には牽牛に彗星が現れている。
 牽牛から彗星とともに劉秀が現れ、陰麗華は流星とともに織女へと帰る。
 偶然にしては出来すぎ。
 七夕伝説はもともと前漢から後漢にかけての成立と言われている。おそらく後漢建国期にはまだ七夕の話は男女に話になっておらず、そこに劉秀と陰麗華の話が加わることで、七夕物語が夫婦の話として完成したのではないだろうか?
 そのときの名残が、流星や彗星の記録ではないかと思う。

●牛で挙兵はネタ?
 どうも劉秀の発言を考えると、劉秀はいつもネタを考えているのではという気がする。すると挙兵のエピソードもそのまま理解するのは正しくないのではないか?
 牛に乗ったのは本当に馬がなかったからなのか? わざとウケを狙ったのではないか?
 挙兵のため集まった兵士たち。不安で緊張した兵士たちを笑わせる狙いだったのではないかとも思えるのだ。完全装備のいかにも格好いい将軍の服装なのに、乗っているのはなぜか牛!

●人生はまさにショー
 劉秀は戦場ではまるで一人舞台であるし、万人の前で名言を放ち、会話するとお笑いショーを展開する。劉秀はまさに一級の役者という気がする。
 そして面白いことに、現代中国語で秀とは、見世物、ショーの意味である。英語のshowを音訳したのだ。劉秀とは、劉君showなのである。
 
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