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撃剣

・大辞泉
げっ-けん【撃剣】
 刀剣・木剣・竹刀で相手をうち、自分を守る武術。剣術。
・明鏡
げっ-けん【撃剣】
 刀剣・木剣などで身を守り、相手を討つ武術。剣術。

読みは"げっけん"だったのか……
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後漢王朝と現代史の比較

 光武帝は古代の名君であり、平等思想の強い善意の独裁者だった。大臣からほとんどの権限を奪い、絶対権力を持っていた。
 "善意の独裁者"で、思い浮かべたのが、現代史における東アジアの指導者である。朴正煕やマハティールなど。自己の権限を守るためには強引な手段も用いるが、自身の利益は追求せず、教育を普及させ、経済を発展させた。
 光武帝もまた、自らの利益には全く興味がなく、資産を蓄えるようなことはなかった。学問の振興にはとても力を入れており、太学の建設や地方の学校の整備、近衛兵への孝経を教育などを行った。初等教育も広く普及しており、10歳-14歳のすべての子どもに必ず学校に通わせるように指示が出ている。後漢における学生の多さは、著名な学者に付き従って流浪する学生の数からも推測できる。
 後漢王朝は経済的にも発展し、戸籍人口は最終的に前漢全盛期とほぼ同じ数にまで回復したが、それは戸籍漏れの人口の増大を無視したものなので、実際には前漢よりも遥かに経済発展していた。領土も西域経営に積極的ではなかったので小さいと錯覚するが、ベトナムや南方の開発が進んで国家の重心が南に移動しただけで、後漢は前漢より発展した国であった。
 経済的には国家の統制が外れたため自由経済が発展したが、その半面、貧富の差も激しくなった。格差問題は後漢後半期における大きな問題であった。
 後漢はその後半期の皇帝不在の無政府状態に100年近くも耐えた。格差問題と政府の腐敗は、太学の学生たちによる学生運動を生み出し、政府への社会運動となった。

 こうして見ると、後漢の歴史はまるで現代史を思わせるから不思議だ。後漢は開発独裁国家ととても類似しているのだ。

 だが時代は古代である。精神の発達に物質経済がついて来ることができなかった。学生運動の後の勝利の革命はなかった。大規模な飢饉と経済崩壊、農民反乱と軍閥割拠の乱世へと時代は移行して行く...

天上の剣客/東漢光武帝記・人物分析&設定7 王郎

●王郎は偽者か?
 劉秀が河北へ赴任して最初に対決するのが王郎である。
 王郎は趙国邯鄲の人である。もともと占い師で天文に明るく河北には天子の気があると言っていた。趙王劉林らと仲が良かった。
 王莽が即位したとき、長安には成帝の子の子輿と名乗るものがいて、王莽に殺された。王郎は自分こそが本物の子輿であると言った。
 母は成帝のお抱え歌手であり子を身籠もった。皇后の趙飛燕が殺そうとしたので、偽の子どもと取り替えたので助かった。十二歳の郎中の李曼卿とともに蜀に行き、十七歳で丹陽、二十歳で長安に帰った。さらに中山を転々として燕、趙を往来して天命を待っていたという。
 さて本当に詐称と考えて良いのだろうか?
 単なる詐欺にしてはあまりに信じる人が多すぎるのが気になる。小説的にはむしろ真実と考えて、劉氏の正統として本気で天子になろうと考えた方が面白い。
 王郎が降伏しようとしたとき、使者となった杜威はなおも王郎は成帝の孫であると言い張った。さらに万戸侯に封じて欲しいと述べた。劉秀のセリフはかなり強烈で、
「かりに成帝が生き返っても天下を取ることはできぬ。ましてニセ子輿では」
 と言い捨て、
「ただ命を助けてやるだけだ」
 と要求をはねのけた。
 こうした記述を見ると、実際に王郎が劉子輿である可能性はあるように思う。
 流浪する皇族の怨念のようなものを描くと面白いかもしれない。
 
●王郎の勢力
 王郎はどんな陣営だったか。
 本拠地は邯鄲である。更始元年十二月に即位した。
 皇帝王郎だが劉郎と名乗ったのだろうか?
 丞相劉林、大司馬李育、大将軍張参。李育は禹や朱浮を破ったことがある。
 鉅鹿の太守王饒は一月あまり攻撃に耐えて手強いので放置されている。
 倪宏はかつて光武帝軍に突入してその太鼓を奪った猛将である。またその同僚に劉奉という将軍がいて、数万を率いていた。
 突騎が南下して王郎軍を蹴散らしたとき、斬首三万とある。
 王郎軍の総兵力は10~20万といったところだろう。
 
●王郎の支持基盤
 彼らの即位は赤眉が黄河を渡り恐怖したためである。王郎の挙兵は農民反乱に恐怖した豪族の抵抗と見ることができる。
 首謀者は趙王劉林と趙国の大豪族である李育と張参である。王郎陣営の実際のリーダーは劉林と考えてよい。
 赤眉が河北に向かうと聞いてそれを恐れ、ちょうど河北に赴任してきた劉秀に水攻めにすることで、赤眉を全滅されることができると進言している。
 劉秀は非現実として拒絶した。それから王郎の挙兵が起こる。
 百万の赤眉を水攻めで全滅できるというのはあまりに非現実的である。包囲されて動けないならともかく、遊動している大軍に水攻めは難しいだろう。また数も多すぎる。
 また挙兵までの短さを考えると、劉林の進言はそのままの意味には受け取りがたい。もともと王郎を中心とした挙兵を進めており、時間稼ぎのため劉秀と赤眉を対決させようとしたのかもしれない。
 王郎の政権は典型的な豪族連合政権であり、赤眉という民衆反乱集団を恐れて結成されたものであることがわかる。そして劉秀は王郎、すなわち劉林にくみせず対決することになる。
 また後に銅馬帝と呼ばれるようになったことを見ても、劉秀が豪族よりも民衆を重視し、民衆の支持を気にしていたことが見て取れる。
 この王郎討伐で最も活躍したのが突騎である。王郎と劉秀の対決は一進一退で膠着していたが、背後からその領土を総なめにして潰滅させたのが、呉漢、耿弇らの突騎部隊である。
 劉秀を豪族の支持という観点から見る意見は多いが、ほとんど間違いであると考えて良い。

天上の剣客/東漢光武帝記・人物分析&設定6 禹

 光武帝にまつわる人物で最も謎なのは禹であると思う。
 劉秀は確かに驚くべき人物であるけども、十分に理解可能だ。その性格は家族に愛されていたことの現れだし、能力はその身体的な健康さと教育環境により説明できる。
 実際、劉秀のような人物はたくさんいると思う。今の日本を探しても見つかるだろう。劉秀が特殊なのはそれが支配者という地位へと導かれたことであり、個人としての特殊さではない。
 だが説明が難しい人物がある。それが禹だ。
 禹はわずか24歳にして国家最高位たる大臣となり、百万の大軍を率いて遠征するという驚くべき人物である。そしてその凄さは人を見抜くということ。
 呉漢、寇恂、賈復、銚期と、光武帝陣営の中核人物を抜擢したのはわずか24歳の禹なのである。選ばれた人たちは、みな禹より10~20ぐらい年上である。もちろん全員がその任に相応しい能力を発揮した。
 こういう人物は歴史上に存在しない。人物を見抜く達人は、必ず年齢の高く経験豊かな人物である。荀や山濤なども一定の年齢に達している。
 まさに歴史的にも真に希有な存在であるのは禹なのである。
 小説である人物を描くとは、その視点から見た世界に整合性がなければならない。禹についても、なぜ禹は人間が理解できるのか、理由がなければならない。
 すると禹に求められるのは何か?
 一つは観察力。酒の席などで語り合う中で相手の人物像を見抜くには、その一挙手一投足に目を配り、その意味を読み取らねばならない。それを正確に覚えて比較する記憶力と観察力が必要だ。
 二つは経験。これがネックになっている。若すぎる禹に経験を与えなければならない。どんなに賢くて観察力がよくても、対照するデータがなくては判断のしようがないのだ。たくさんの人物と知り合い、観察する機会を禹に与えて描かなくてはならないのだ。
 そこで考えているのが探偵的役割を与えること。名探偵こそは多様な人物を研究し、観察する存在である。それでときどき古典的小説であるシャーロック・ホームズを読んでいたりする。
 ホームズの持っていたと思われる写真記憶のような直観像を禹も持っていたと考えると面白いし、さまざまな事件に巻き込まれることで人物を知る経験ができる。
 ただホームズは論理機械のイメージで描かれているが、禹はどちらかというと情熱的で情緒豊かなタイプなので、そのあたりをどうするか。年齢も十代での活動ということになる。長安の学生探偵というわけ。
 年齢的な若さから来る失敗は、劉秀が助けてくれると設定し、天上の剣客、長安編は、禹視点で描く。新王朝末期は、殺人事件も頻発し、オカルト事件も数多い、腐敗した平和の時代である。ここに名探偵禹と実は剣客な劉秀、プラス許婚の美少女陰麗華の活躍で描く。
 ……どう見てもラノベだな。
 長安編の基本構想としては、ほとんど死人が出ない話にして、誰もが安心して楽しめるものがよい。探偵小説の基本は謎解きであり、探偵自身は常に第三者として安全圏にいるのが基本だからね。戦乱の南陽編では、凄まじいペースで人が死んでいくので、できるだけ対称的にしたいところだ。

天上の剣客/東漢光武帝記・人物分析&設定5 陰麗華

 一般に陰麗華は光武帝の妻として内助の功もあった美貌の妻ということになる。
 しかし、こういう教科書的な描き方は面白くないし、またストーリーの構成上そういう描き方はできないのだ。
 陰麗華の登場は当然、劉秀との出会うことからである。すると13歳前後という少女時代から出演することになる。そのときから賢い子どもでは面白くないし不自然である。
 郭聖通との対比という観点からも、その女性的なムードが強調されることになろう。
 また記録からわかるように陰麗華は徹底して情の人である。喜怒哀楽のはっきりした信念の人でもある。彼女は劉秀というややユーモラスで冷静な人物とは異なる視点を世界に持ち込むことになる。
 また陰麗華は、人間の成長を描くにもうってつけである。13歳で登場して、その晩年もまた劉秀とともにいた。劉秀がその死の前年に泰山に登ったとき、陰麗華と禹は相変わらず側にいて行動を共にしていた。何とほぼ40年!である。この3人は40年近くもその変転の生涯を共にしたのである。その中で陰麗華の心の成長を考えるのがなかなか面白い。
 二人の危機は、婚姻直後の別れと再会である。
 陰麗華は、大富豪のお嬢様である。対して劉秀は貧乏な元皇族に過ぎず、立場は陰麗華の方が上だった。二人の会話では陰麗華がわがままを振りまいても問題がない。
 ところが、劉秀は陰麗華を置いて河北へ赴任する。陰麗華は事実上の人質として残されるのだ。さらに劉秀は郭聖通という女性を妻にしてしまう。さらにだめ押しするように劉秀は更始帝に反旗を翻し皇帝に即位し、実質的に陰麗華を見捨ててしまう形になる。
 運良く奉らの保護のおかげで陰麗華と劉秀は再会するが、陰麗華の気持ちはどうだったろうか?
 おそらく怒りで煮えくり返っていただろう。劉秀の行動は、陰麗華の視点から見れば裏切り以外何ものでもないからだ。陰麗華は当然、劉秀にその怒りをぶつけて良いと感じているが、周囲がそれを許さない。劉秀は皇帝に即位しており、劉秀と陰麗華の力関係は逆転してしまっているのだ。しかもその横には、田舎の富豪の娘に過ぎない自分とは異なる、皇族の血を引く本物の名門の大豪族の娘郭聖通がいる!
 おそらく再会からの数年、この二人の関係は冷え切っていたと考えてよいだろう。劉秀はそうした陰麗華の気持ちまでは理解できず、ただ今まで通りの愛情で接し、困り続けただろう。そしてその限界に近づいた頃に、第三の女性、許夫人との子どもまで出来ることになる。
 この二人がどのようにして和解するようになるのかを考えるのもなかなか興味深い。
 そして和解することで、二人は新たに成長することができるのだ。
 夫婦が長くその愛情を保つことができるのは、お互いが成長するからである。成長して変化することで新しい発見があるからだ。私としては、最初の頃は完全に劉秀の手の中でわがままを振りまいていただけの陰麗華が逆に本当の意味で支える力を持ち始め、良い意味で劉秀を動かすようにすらなるという場面を描けたら面白いと思う。

天上の剣客/東漢光武帝記・人物分析&設定4 劉秀

 なぜタイトルが"天上の剣客"なのか?
 光武帝の話の問題点は、それが三国志の曹操vs劉備、楚漢の項羽と劉邦のような対称的な二人のライバルの対決という構図でないことである。
 すなわち、歴史群雄抗争ものとして描いてもそれほど面白くないのだ。
 そこで私が考えているのは、剣侠ものとして描くこと。剣士としての劉秀を描くという構想である。
 私は劉秀の剣士のとして戦いを描くことで、真の勇気というものをテーマにした小説にすることができるのではないかと思う。
 昆陽の戦いの勇戦ぶりや、皇帝になっても戦場で戦う戦士であることなどはその強さを示している。しかし、こうした実際に殺す数においても劉秀は驚異的であるが、むしろ殺さないことにおいて劉秀は真の勇気を発揮した。それは銅馬軍を降伏させたとき、軽装で巡回することで心服させ殺さずに済ませたことや、統一後は戦いを嫌って平和主義に徹したことである。
 建国の英雄は戦場から離れることができないものだ。統一したらさらに外国へと戦いを向けてしまうのだ。その史上唯一の例外が光武帝である。
 およそ戦場の勇者の価値はまさに戦うことにある。戦いを否定することは自己を否定することに他ならない。これこそ真に勇気の必要なことである。君子豹変するという。劉秀はまさに豹変を実行した人物である。
 劉秀には剣士として描く利点がたくさんある。
 若い頃、逃亡者を匿う侠客であったこと、皇帝になってからも頻繁に宮殿を抜け出していたことなどはそうした剣士の対決の物語として描いても、歴史事実を破壊しないということである。
 話のスタートは長安での学生時代と南陽での農民時代であるが、そこでは逃亡者を助ける正義の味方として描くことができる。将軍、皇帝となってからは、戦場での戦いと、付け回してくる刺客との戦いを描くことができる。特に劉秀によって滅ぼされたり、戦争に巻き込まれて死んだ人たちの復讐の刺客との激闘を描くのが面白い。いわゆる典型的な腕の立つ刺客だけでなく、色っぽい女刺客とか、復讐に生きる少年の刺客とか、あるいは息子を失った老婆の刺客とか、相当に重い種類の刺客との戦いが劉秀を待ち受ける。
 古今東西の剣士、侠客をモデルにした人物が、次々と劉秀を襲い対決するという構想である。そこではただ倒すだけでなく、歴史の悲しみの中で復讐に生きる人たちといかに和解することができるのか、帝王としてこの世の全ての責任を背負うことになった人物には、ただ強いだけではない勇気の形を示すことが求められる。
 これを描いてこそ、戦争という言葉だけでも怒り出したという、統一後の劉秀の気持ちが理解できるようになるだろう。
 ちなみに天上というのは、皇帝だからではない。小説の第一回と最終回に関する駄洒落になるように構想している。

天上の剣客/東漢光武帝記 人物分析&設定3 奉

 後漢建国期最強の将軍は誰なのか。こうした想像をする人は多いと思う。
 光武帝陣営で言えば、"人間に敵対不能な武勇の持ち主"とされる劉秀自身や、"朝飯前"の猛将賈復、無造作に強くていつも先鋒をつとめた馬武あたりが強力だ。呉漢、臧宮、銚期、陳俊あたりも相当な猛将である。
 対抗勢力で目立つのはやはり延岑。赤眉を大破したその強さは有名であり、耿弇について語るときに、延岑ほどよく戦うものですら耿弇に破れたと、引き合いに出されている。武勇の代名詞的存在だったわけだ。そしてその生涯最後の戦いでは、劣勢の中で、呉漢や臧宮と戦い何度も打ち破っている。
 だが彼らよりも最強と見なすべきなのが奉である。
 奉は晨の一族であり、本来は光武帝陣営というべき人物である。劉秀が河北に派遣されたとき、郷里の南陽で挙兵した。このとき事実上更始帝陣営のための人質として残された劉秀の新妻陰麗華を保護したのが奉である。この奉の助力があったからこそ劉秀は河北で皇帝に即位して更始帝に反旗を翻すことができたのである。
 ところが奉には悲劇が待っていた。光武帝の即位とともに陰麗華を送り、後に光武帝軍が南陽まで戻ってくると、呉漢の軍勢が南陽で略奪を働いたのである。それに怒り奉は反旗を翻した。おそらく奉の家族に相当の死傷者が出たのであろう。
 奉の強さはこのときから発揮される。光武帝からは、二十八将が次々と派遣され、圧倒的戦力差があるにもかかわらず、戦いは常に奉が優勢だった。奉は特に同盟する相手もなく、ほとんど世界のすべてが敵といってよい絶望的な展開である。もはやただ死ぬ以外に全く出口はない。ところが戦いの趨勢は、賈復は負傷し、朱祜などは捕虜になってしまうなど奉が優勢だった。おそらく数千の兵を持っていたはずの朱祜が捕虜になったり賈復が負傷するというのは異常事態であり、奉の強さの凄さを示す。
 賈復、朱祜以外に、堅鐔も奉戦の中で負傷している。また萬脩は奉戦の期間に戦場で病死している。奉戦が如何に光武帝陣営にとって打撃を与えたものであるかがわかる。
 中国には「哀兵必勝」という成語がある。これは正義の悲しみに満ちた兵士はどんなに戦力差があっても必勝であることを示す言葉だ。元は『老子』である。また決死の兵3000がいれば天下を横行できるともいう。後の時代で言えば五胡十六国時代の群雄苻堅の仇討ちを標榜した苻登の異常な強さなどもこの例であろう。
 奉の軍はまさにそういう状態にあった。ここには特別に戦のかけひきとか知略を示す記録はない。ただひたすら奉が強かったのである。
 その強さは劉秀自身をついには引き出した。雑魚を蹴散らしボスキャラである朱祜、賈復と大破し、ついにはラスボスというべき劉秀との決戦にまで持ち込んだのだ。
 この戦いは劉秀は自ら武器を取り戦っている。おそらくは戦場で奉本人を目撃して追いかけたのであろう。
 小説の展開としては、ここで当然、奉と劉秀の一騎打ちだ。本来の実力は奉の方が上という中で劉秀がどう戦うのか、考えるとなかなか面白いと思う。さらに陰麗華との関係を考えるのも面白い。なぜ奉は陰麗華を保護したのか、まさに因縁の対決というべき死闘が読者を待っている。

天上の剣客/東漢光武帝記・人物分析&設定2 董憲

 光武帝の物語の欠陥はライバル人物が弱いことである。その中で傑出した人物であり、劉秀のライバル足りうる人物だったのが董憲である。
 董憲は赤眉の名将であり、新王朝随一の猛将廉丹を討ち取った人物である。王尋を討ち取った緑林の名将劉秀、廉丹を討ち取った赤眉の名将董憲は、後漢建国期を代表する二大名将である。この二人により、新王朝の二つの大軍団がそれぞれ潰滅し、政権は崩壊へと向かう。当時、董憲と劉秀は並び称される人物だったと推測される。
 董憲は後に二十八将の一人蓋延と対決し、伏兵など巧みな用兵で翻弄して撃退している。最後に劉秀と対決するまで、ほぼ無敗の名将と考えられる。ただ劉秀のように積極的に自立して領土を拡張しようと考えなかったようだ。最後も劉永を皇帝に戴いて自らは海西王となっていた。
 小説の構想としては、董憲をヤン・ウェンリーをモデル人物に描きたい。抜群の知略と天才的な用兵で、いかなる時も勝ち続ける知将。ただ主に恵まれず不遇の生涯を送る。心優しい人物であるが個人としてはやや優柔不断、それでもとても魅力的な人物である。
 昌慮の戦いにおける劉秀と董憲の対決こそは、最高の名将同士の頂上決戦とする。その恐るべき知謀で相手の行動を的確に読み取り、完璧な用兵を見せる最高の知将董憲に対して、皇帝自ら斬り込んで戦う最強の勇将劉秀の、武勇と知略の激突として描く。
 地理とかけひきを知り尽くした董憲は、劉秀やその配下を見事に分断し、指揮系統を混乱させ、完璧な作戦勝ちをおさめる。しかし後に馬援が"人間には敵対不可能"とまで驚愕した劉秀の戦闘力のために勝ちを決めることができず、さらに分断されて連絡がなくても自主的に判断して魔術的連係プレーを見せる二十八将の動きの前に、董憲は敗れ去るのだ。そして最後は劉秀にこそ天命があることを確信し降伏を決めるが、全く常識の通じない呉漢の奇襲を受けて討ち取られてしまう。悲劇の英雄として董憲を描くのが面白いと思う。

天上の剣客/東漢光武帝記・人物分析&設定1 郭聖通

 郭聖通とその廃后問題は光武帝の物語の重大な謎である。いわゆる寵姫同士の対立とは全く異なるからだ。
 まず郭聖通と陰麗華に対立がなかった。二人の生んだ子どもたちがとても仲が良く、また二人の家族も仲が良かったのだ。二人の寵愛期間もほぼ重複している。また廃后しながらも劉秀は郭聖通に未練があるようで、その待遇に非常に気を使っている。廃后したことをとても残念がっていたことがあきらかで、できれば廃后などしたくなかったのだ。また郭聖通が劉秀に怒っていたことは記録されていても、劉秀が郭聖通に怒ったことは記録されていない。
 廃后の理由には、子どもの教育の問題が挙げられており、郭聖通は子どもを育てることにどうも適性がなかったらしい。
 郭聖通による意図的な退位ということを一つ考えているが、それとは別に、あくまでも劉秀の意志として考えるなら、郭聖通は重度の抑鬱状態もしくは病気にあり、公務に問題があったという考え方もありかもしれない。皇后というのは家庭の母親というよりは、国家の重要な大臣である。日本の天皇家での皇太子妃のノイローゼ報道などを考えても理解できよう。退位の目的を静養と考えると、その後、劉秀が郭聖通に対してずっと申し訳ない気持ちを抱いてことも理解できるし、郭聖通の短命さとも整合する。
 小説としては郭聖通と陰麗華を対称的に描くと面白い。
 郭聖通と陰麗華。まず名前が対称的だ。聖に通じるという、特別な意味と使命を持った名前に対し、麗華はただ美しさを示す。これはまず家庭の方針の違いにもとづく。陰麗華の家庭は資産家であるが地方の豪族であり、大きな野望とは関係がなかった。ただ美しく育って、いい人に嫁いで欲しいぐらいの期待のみであるということだ。そして皇后になってからも全く生活も態度も変えず、ある意味小市民的な生き方を変えなかった。陰麗華の伝記には、子の明帝が母の化粧道具を見て涙するシーンがある。陰麗華を象徴するのは、こうしたいかにも女性的な幸福に結びつくものなのである。
 対して、郭聖通は明らかに何らかの大物、聖と呼ぶに値する人物に嫁ぐことを前提としている。郭聖通は劉秀よりも早く亡くなっており、確率的に考えると劉秀よりは少し年下、陰麗華よりはかなり年上である。おそらく結婚相手を選んでいて、当時の婚期よりもかなり遅めになっていたように思われる。
 聖なる人物と結ばれることを意識していたのだから、それに相応しい教育を受けていただろう。郭聖通の母親は王族であり優れた人物として知られていたが、それは娘も同様だったと思われる。
 郭聖通をただ教養を持った人物と描くだけでなく、博覧強記の知略優れた人物として描くと面白い。もともと光武帝物語には軍師格の人物が欠如しているのでそれを埋めることもできる。
 劉秀との関係も、郭聖通が劉揚と劉秀の同盟を作るために積極的に動いたと考える。そして、劉秀と結ばれてからは、河北の豪族の詳細な情報を提供し、さらに地理天文に通じ、さまざまな助言をなす。劉秀と郭聖通の仲の良さを考えると、何らかの魅力を提示するべきだが、そこを知略において尊敬に値する人物とすることにしたい。
 こうした知謀の女性を描いてみたいのだが、歴史の人物を調べると知謀の女性というのはほとんど記録がない。歴史上の有名な女性とは、女性らしからぬ果断さで有名になったか、あるいは母として妻として男に尽くしたことで有名なった人ばかりなのだ。女性軍師、女性参謀というのがいない。
 その例外としてクリミアの天使、フローレンス・ナイチンゲールがいる。最近伝記を読んだのだが、これがとても面白い。病身のためベッドの上から男どもを動かす策士なのである。そしてその圧倒的知識と統計学に通じた計算の高さは抜群である。
 ナイチンゲールは召命意識があり、神に仕えるという考えのために自らの知略と知識を駆使した。ある種の天命を受けた存在と自らを任じていた。郭聖通の"聖に通じる"という意識とも共通性があるように思う。
 違いはナイティンゲールは結婚しなかったこと。しかし伝記を読むとナイティンゲールは英雄的な人物、特に戦場の勇士を好んでいるので、そういう人に出会うことがあれば可能性がないとは言えなかったようだ。
 郭聖通のモデル人物としてナイティンゲールを設定する。圧倒的な知識量と計量的な思考法で、裏から助言を出し続ける。穏やかな話し方と適度なユーモア感を持ち、何があっても冷静で上品、だが実は裏側ではかなり口が悪かったりする。
 問題はやはり廃后問題で、理由設定が難しい。考えていること。聖に通じるということが、皇帝の妻たる皇后になることと思っていたが、実はそうではなく、聖に通じるというのは全く別の意味であることが判明することにしたい。それはナイティンゲールが看護と衛生の改革に生涯をかけたような、何か別の高度な目的が欲しい。そしてそのために行動するには、皇后であることが障害になるようなこと、これを現在捜索中。

 宮殿を出る必要がある仕事。実地のフィールドワークが必要な仕事を考えたい。医学はパスする。耿弇と重複するので。
 個人で行動する必要があること。組織化する仕事では記録が残ってしまい、リアリティがなくなる。
 自身の知識と知能を生かせる仕事。
プロフィール

Author:akira080227
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