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http://www.geocities.jp/kaysak864/liuxiu/40.htm
 この呉漢の行動と連動していると見られるのが、功臣の引退である。建武十三年(西暦37年)に鄧禹、耿弇、賈復、建武十五年(西暦39年)に朱祜、李通が引退しているが、彼らはみな大豪族であり、大土地所有者である。度田において、最も危険な立場になる人物が直前に引退していることがわかる。彼ら自身は劉秀の腹心であるが、その家族はむしろ豪族側の存在である。豪族側の旗頭に担がれる危険を未然に防いだわけである。功臣でも呉漢、臧宮、馬武、馬成、王覇など大豪族にはほど遠い存在は政権に残っている。例外が劉隆で、見事に処罰されてしまった。


http://www.geocities.jp/kaysak864/liuxiu/52.htm
金印真贋論争
 国宝の金印については、偽造説も根強く存在する。江戸時代に発見された経緯があまりに不自然であるためだ。
 それでも本物と考えられる理由は、江戸時代には、後漢時代の印章についての情報がなく、後漢時代の他の印章と特徴が一致するものを作ることができないからである。
 金印の印面の一辺は2.341~2.354cmであり、後漢時代の一寸とほぼ一致するが、江戸時代には後漢時代の一寸は知られていなかった。
 考古学者の石川日出志氏は、漢委奴國王の漢字の字形の特徴が、漢代の印章の字形に一致するとしている。さらにこの金印および後漢における金製品の金の含有率が95%前後なのに対し、江戸時代の金製品で最も高純度な小判でも85%前後に過ぎず、江戸時代には高純度の金が入手できないし、比率を知ることもできないという。
 福岡市埋蔵文化財審査課管理係長の大塚紀宜氏は、この金印は、つまみの部分がもともと駱駝の形だったものを、頭部を切り落として蛇に形成し直したものであるという。異民族に贈った印章にはつまみの部分が駱駝のものが多いが、このことも江戸時代には知られていない。
 これらの結果、考古学者には偽造と疑う人はあまりいないようだ。
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