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三国志の英雄たちの超級偶像(スーパーアイドル)劉秀

 三国志の英雄たちはみな光武帝劉秀の真似をすれば天下を取れると考えていた。
 劉虞は光武帝に似ているという理由で皇帝に擁立されそうになったし、袁紹が河北から統一を目指したのは光武帝を真似たものだし、曹操が敵の文書を読まずに焼き捨てたのも光武帝の真似である。孫権は呂蒙に光武帝みたいに戦場でも本を読めといい、魯粛との関係を光武帝と禹の関係と比較したりした。
 孫策はいつも光武帝とその家臣があの若さで戦場で活躍したことに憧れていた。
 そもそも漢の復興を考える孔明が次に戦場になるのが確実な南陽などに隠棲したのは、光武帝の故郷だからである。
 さらに孔明と曹植は光武帝と家臣の論評を手紙でやりとりした。そこでは二十八将などの家臣が有能かどうかが議題になったが、光武帝が凄いということについては疑問の余地がなく議論にすらならなかった。
 満田剛氏は、袁紹、袁術、曹操、劉備、劉虞はみな光武帝を意識していたとしている。
 三国志は、後漢末に始まる時代である。その時代の人々にとって人類史上最高の英雄とは後漢を建国した光武帝劉秀に他ならないのである。
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コメント

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光武帝は本当に面白い!

はじめまして、こんばんは。
光武帝は本当に面白いですよね。
洛陽遷都の理由に、儒教との関連は十分あるとと思います。
即位のとき、二十八将よりも上に、
平凡な県令だった卓茂を据えたりしたのも、
この政権が文治を重視することを宣言したものですしね。

私はそれだけでなく劉秀の性格が出ているように感じます。
長安は守りやすいのに対して洛陽は開けていて守りにくい。
長安は反乱が起きて攻められても大丈夫な場所ですが、
洛陽は守れない地勢です。
裏を返すと長安というのは、
民衆が反乱したとき鎮圧するための首都なわけです。
それに対して洛陽が首都というのは、
この政府は民衆を信頼して丸裸であることを示しているわけです。

銅馬軍を降伏させたとき、軍装を解いて平然と巡回したこと。
お忍びで外に平気で出回っていたこと。
敵に内通した証拠である文書を焼き捨ててて見なかったこと。
思っていることをすべて口に出して、長所も短所も隠さない言動。
味方の裏切りに備えたりしない劉秀の性格と、洛陽の地勢が、
ぴったり符合しているように思います。

こういうのを考えると、劉秀ってやっぱり異常に腕が立って、
絶対にやられない自信があるとしか思えないんですよね……

あ、もちろん、イラストも遠慮なくどうぞ。
私は描けないので、どんどん書いてくれると嬉しいです。

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