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天上の剣客/東漢光武帝記 人物分析&設定3 奉

 後漢建国期最強の将軍は誰なのか。こうした想像をする人は多いと思う。
 光武帝陣営で言えば、"人間に敵対不能な武勇の持ち主"とされる劉秀自身や、"朝飯前"の猛将賈復、無造作に強くていつも先鋒をつとめた馬武あたりが強力だ。呉漢、臧宮、銚期、陳俊あたりも相当な猛将である。
 対抗勢力で目立つのはやはり延岑。赤眉を大破したその強さは有名であり、耿弇について語るときに、延岑ほどよく戦うものですら耿弇に破れたと、引き合いに出されている。武勇の代名詞的存在だったわけだ。そしてその生涯最後の戦いでは、劣勢の中で、呉漢や臧宮と戦い何度も打ち破っている。
 だが彼らよりも最強と見なすべきなのが奉である。
 奉は晨の一族であり、本来は光武帝陣営というべき人物である。劉秀が河北に派遣されたとき、郷里の南陽で挙兵した。このとき事実上更始帝陣営のための人質として残された劉秀の新妻陰麗華を保護したのが奉である。この奉の助力があったからこそ劉秀は河北で皇帝に即位して更始帝に反旗を翻すことができたのである。
 ところが奉には悲劇が待っていた。光武帝の即位とともに陰麗華を送り、後に光武帝軍が南陽まで戻ってくると、呉漢の軍勢が南陽で略奪を働いたのである。それに怒り奉は反旗を翻した。おそらく奉の家族に相当の死傷者が出たのであろう。
 奉の強さはこのときから発揮される。光武帝からは、二十八将が次々と派遣され、圧倒的戦力差があるにもかかわらず、戦いは常に奉が優勢だった。奉は特に同盟する相手もなく、ほとんど世界のすべてが敵といってよい絶望的な展開である。もはやただ死ぬ以外に全く出口はない。ところが戦いの趨勢は、賈復は負傷し、朱祜などは捕虜になってしまうなど奉が優勢だった。おそらく数千の兵を持っていたはずの朱祜が捕虜になったり賈復が負傷するというのは異常事態であり、奉の強さの凄さを示す。
 賈復、朱祜以外に、堅鐔も奉戦の中で負傷している。また萬脩は奉戦の期間に戦場で病死している。奉戦が如何に光武帝陣営にとって打撃を与えたものであるかがわかる。
 中国には「哀兵必勝」という成語がある。これは正義の悲しみに満ちた兵士はどんなに戦力差があっても必勝であることを示す言葉だ。元は『老子』である。また決死の兵3000がいれば天下を横行できるともいう。後の時代で言えば五胡十六国時代の群雄苻堅の仇討ちを標榜した苻登の異常な強さなどもこの例であろう。
 奉の軍はまさにそういう状態にあった。ここには特別に戦のかけひきとか知略を示す記録はない。ただひたすら奉が強かったのである。
 その強さは劉秀自身をついには引き出した。雑魚を蹴散らしボスキャラである朱祜、賈復と大破し、ついにはラスボスというべき劉秀との決戦にまで持ち込んだのだ。
 この戦いは劉秀は自ら武器を取り戦っている。おそらくは戦場で奉本人を目撃して追いかけたのであろう。
 小説の展開としては、ここで当然、奉と劉秀の一騎打ちだ。本来の実力は奉の方が上という中で劉秀がどう戦うのか、考えるとなかなか面白いと思う。さらに陰麗華との関係を考えるのも面白い。なぜ奉は陰麗華を保護したのか、まさに因縁の対決というべき死闘が読者を待っている。
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