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冗談で皇帝になった男:まえがき(アマゾンの立ち読みするふうに……)

正義のスーパーヒーローは実在可能か?
 ところでこの本は少し唐突な話題で始めようと思う。読者に質問だ。映画やアニメに描かれる正義のヒーローとはどんな人物だろうか?
 まずいかにも強そうではいけない(1)。日常は気さくな人物であり(2)、周囲の人たちに親しまれていても決して怖がられたりしておらず、むしろ軽んじられている(3)。しかしいったん事件が発生すると突如その真の能力を発揮して(4)、敵を倒すのである。
 見た目は強そうではないが、よく見ると二枚目(5)でなければならない。イケメン俳優が演じるのだから当然である。もちろん戦うときの様子はとても格好良くて(6)、見ている子どもたちが真似したくなるほどでなければならない。
 年齢も若くなければならない。おっさんや爺さんでは駄目である。ここでは20代ならよいとしよう。(7)
 格好いいのは見た目だけでなく、セリフも決まっていなければならない。後の時代にも生き続ける決め台詞をたくさん残さねばならない(8)。
 敵を倒すのだから、当然強くなければならない。人間離れした戦闘力を持つ(9)無敵のヒーローである。
 また日頃から戦ってばかりで好戦的ではいけない。喧嘩っ早いのはダメ(10)。むしろ他の人たちが苦戦しているところに現れて味方を救出し、敵を打ち倒すのだ。ここ一番本当の強敵と戦うときは、自らの手で戦い(11)ケリをつけねばならない。美味しいところを見事にかっさらっていくのがヒーローである。
 時には強敵と戦い苦戦するが、そんな時も不敵にジョークの一つ二つ言って切り抜けなければならない(12)。戦いに泣き言は禁物だ。
 だがヒーローは戦わなければならない宿命を背負っていた(13)。望まぬ戦いの人生を送らねばならないのは逃れ得ぬ運命なのだ。
 しかし強いのは戦うときだけでなければならない。日常、特に女性や子どもたちにはむしろ弱くなければならない(14)。
 ヒーローには当然、誰もが羨むような美人のヒロインがいなければならない(15)。そのヒロインは心優しく芯の強い女性であり(16)、時にヒーローに逆らい振り回したりする(17)。男女関係では多少情けないぐらいのヒーローがよい。ヒロインとは、生涯にわたって相思相愛でなければならない(18)が、ヒーロー自身はあまり女性にモテモテであってはいけない(19)。子どもにも見せたいヒーローモノの主人公は、不自然なことだが女性にモテてはいけないのだ。
 性格は親しみやすいといっても、少しぐらいは心に影がある方がよい(20)。その影を埋めてくれる人こそヒロインだからである。
 社会背景もまた一見平和に見える時代であり、その裏が腐敗しているのがよい(21)。最初から混乱した時代では、意外性がなくつまらないものだ。
 日常は目立たず平凡に暮らしているであるから、名前も目立たない平凡な名前である(22)。ヒロインの名前もシンプルなのがよろしい(23)。ただしわかりやすいように性格や容貌をそのまま表現した名前でなければならない。(24)
 そしてヒーローの活躍によりたくさんの人命が救われ、守られなければならない。ここでは少し少な目に、一千万人以上の人命を救えばヒーローと呼んでよいこととしよう(25)。そしてどんな凄いことをしてもヒーローは威張ったり自慢したりしないし、他の人たちも何もなかったかのように親しげに話しかけるのだ(26)。本能的に偉そうな奴が嫌いで、人の上に立つことを好まない平等思想の持ち主(27)こそヒーローに相応しい。
 そして戦いに勝利して世界に平和をもたらし、本人もヒロインと抱き合ってハッピーエンド(28)で終わるのだ。
 実にご都合主義の設定である。この条件を半分も満たすことのできる人物はいないだろう。実在が不可能な夢物語の設定である。
 ところがそうではなかった。この空想上の無理難題な条件(1)~(28)を一つ残らずすべてクリアーした人間がいたのだ。それがこの本の主人公である光武帝、劉秀なのである。
 そう、そもそもこれはスーパーヒーローについて書いたものではないのだ。これこそが『後漢書』――歴史的に真実が書かれているとされる歴史書――に描かれる光武帝の姿なのである。
 

光武帝を理想とした英雄たち
 これほど驚異的な人物であれば、当然高く評価する人たちがたくさんいる。
 まずは『三国志』の英雄たちである。
 この本を手に取った人には、同じ中国史モノとしてかなりの数の『三国志』マニアがいるはずだ。その『三国志』の英雄たちの心の中のアイドルこそ光武帝なのである。
 『三国志』の英雄たちはみな光武帝の真似をすれば天下を取れると考えていた。
 劉虞は光武帝に似ているという理由で皇帝に擁立されそうになったし、袁紹が河北から統一を目指したのは光武帝を真似たものだし、曹操が敵の文書を読まずに焼き捨てたのも光武帝の真似である。孫権は呂蒙に光武帝みたいに戦場でも本を読めといい、魯粛との関係を光武帝と禹の関係と比較したりした。
 孫策はいつも光武帝とその家臣があの若さで戦場で活躍したことに憧れていた。
 そもそも漢の復興を考える諸葛孔明が次に戦場になるのが確実な南陽などに隠棲したのは、光武帝の故郷だからである。
 さらに孔明と曹植は光武帝と家臣の論評を手紙でやりとりした。そこでは光武帝の二十八将などの家臣が有能かどうかが議題になったが、光武帝が凄いということについては疑問の余地もなく一致していた。
 『三国志』の研究者である満田剛氏は、袁紹、袁術、曹操、劉備、劉虞はみな光武帝を意識していたとしている。
 『三国志』は後漢末に始まる物語である。その時代の人々にとって人類史上最高の英雄とは後漢を建国した光武帝に他ならないのである。
 もちろんまだまだいる。
 特に有能で歴史を詳しく知る人物こそ光武帝を高く評価する。
 一人はまず司馬光である。司馬光とは北宋の時代に『資治通鑑』という歴史書を編纂した人物であり、『史記』を編纂した司馬遷と並ぶ二大歴史家である。
 司馬光はその著書で後漢論を書いている。後漢はおよそ二百年で滅ぶのだが、その後半は皇帝不在の無政府状態だった。ところがいつまでも滅びずに続いたのは光武帝の力だというのだ。二百年近く後の国家の盛衰まで左右したというのだから驚きである。光武帝があまりに凄かったためにその王朝を倒すのを誰もが嫌がったのである。そこで司馬光は、光武帝を伝説時代の聖王に匹敵する存在とした。
 二人目には岳飛を挙げよう。
 岳飛は南宋の名将であり、中国史上最高の名将と考えられている人物である。岳飛は、皇帝に親征して自ら北方の金と戦うように進言しているのだが、そのときに名前を挙げるのが光武帝なのである。戦場で戦う皇帝と言えば、真っ先に思い浮かぶのが光武帝というわけなのだ。
 三人目に中国史上最高の名君と考えられている唐の太宗李世民を挙げよう。
 李世民はその用兵において光武帝と類似した戦法を用いて天下を統一した。家臣を表彰するため、光武帝の二十八将を参考にした二十四人を選んで祭るようにした。忠臣の蕭瑀を光武帝の忠臣王覇と比較し、一番の腹心である房玄齢をいつも光武帝の腹心である禹と比較していた。
 四人目に北宋建国の太祖趙匡胤を挙げよう。
 趙匡胤は家臣への待遇について光武帝を参考にしていた。また心を開いて本心を隠さない性格であり、光武帝の故事である「赤心を推して人の腹中に置く」を実行していた。
 『三国志』のすべての英雄たちのスーパーアイドルであり、中国最高の歴史家が聖なる帝王と称え、中国史上No.1の名君と名将が手本とした人物、それが光武帝なのである。
 

時代背景
 しかしおそらく、この本を手に取った読者の多くは、光武帝なんて聞いたことがないか、名前だけしか知らないだろうと思う。そこで本文の前にいつ頃の人かざっと紹介しておこう。
 光武帝は、姓は劉、名は秀。古代中国の後漢王朝の初代皇帝である。紀元前5年1月15日生まれ、西暦57年3月29日没。西洋ではちょうどイエス・キリストと同時代だが、キリストが生没年もはっきりしないのに対して、光武帝の生没年月日は同時代に記録された公式記録である。
 古代中国の紀元前2世紀から紀元後2世紀までは、漢王朝が四百年続いたとされる。しかし実はその間に新という王朝があった。わずか20年足らずで滅ぶ短い王朝である。
 この王莽の新王朝を挟んで、それ以前の漢王朝を前漢、その後を後漢と呼ぶ。ちなみに現代中国では、前漢を西漢と呼び、後漢を東漢と呼ぶ。これは首都の位置が違っているためである。前漢の首都長安は、後漢の首都洛陽より西にある。
 この新王朝の末期から後漢の初期にかけて数十年間は群雄割拠の乱世であり、たくさんの豪傑や将軍が天下を争った。『三国志』と同じような状況と思ってよい。その中の将軍の一人が光武帝こと劉秀であり、天下を統一して王朝を開いた。劉秀はその名前の通り前漢皇帝の劉氏の一族であるので、漢王朝の復興を名目とし、自らの王朝をそのまま漢とした。
 ちなみに日本との関係でいうと、日本の古代史の謎の一つ、倭奴国王印という金印を贈ったのが光武帝である。
 この本は光武帝について史実の記録を元に解説する本である。時代は王莽の新王朝が成立する前、前漢の末期から始まる……
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光武帝と建武二十八宿伝
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