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もちろん、最近も光武帝について考えている

『东汉光武帝刘秀大传』は光武帝マンセーの人でないと読んでもそれほどおもしろくないかも。間違いも少なくとも三カ所以上ある。

個人的には黄留珠の『刘秀传』もお薦め。また後漢について正しく知りたい人には袁延胜の『中国人口通史 东汉卷』をお薦めする。数字に徹底してこだわる本格的な研究書。実はこの本を読むと光武帝の評価がさらに高くなる。なぜから全国土地センサスと奴婢の人権の平等化が本当に実施されていたことがわかるため。

『後漢書』そのものは、そのまま読むと光武帝は地味で平凡な君主に見えるはず。私のように『後漢書』を何度もしつこく読んで、かつひねくれたものの見方をする人以外に、『後漢書』を読んだだけで光武帝をおもしろいと思う人はあまりいないと思う。私も初めて『後漢書』を読んだとき、光武帝に地味でつまらない印象しかなかった。

ネットで光武帝がすごいと言う人の半数以上は私のホームページ(10年前からある)を読んだからだろうし、光武帝が面白可笑しいという人の99%は私のホームページの読者のはず。予備知識なしに『後漢書』を読んだ人はみんなつまらない人と感じて興味を持たない人が多い。東晋次氏なんて光武帝を書いてって頼まれたのに王莽を選んだぐらいだし。

光武帝は個人思想としては道家、政治思想は法家なので、儒家たる史家にとっておもしろい人物ではなく、よく読めば『後漢書』のいろいろなところで否定的に描かれている。そして無理矢理に儒教的聖王の枠に押し込んだため、長所が全然見えなくなってる。光武帝の本当にすごいところはただ『後漢書』を眺めることでは理解不可能なのだ。というのは内容が本記にまとめられておらず、列伝に分散させてあるから。儒家の好みじゃないから大事なことは隠されているのである。光武帝は褒められるべき部分が全く賞賛されていないのだ。

光武帝の馬武への言葉は自首しなさいという意味。日本の研究者は多く誤訳してるけど、さすがに中国の黄留珠氏は正しく自首と理解している。
「且勿為盜賊,自致亭長,斯可矣。」
「しばらくは盜賊を為すなかれ,自ら亭長に致りて,これ可なるかな。」
「当分は盗賊家業を辞めて、交番に出頭して自首すれば、まあ十分かな」という強烈な宴会でのツッコミフレーズ。自致は検索すると自ら出向くの意味とわかる。亭長は今でいう交番のニュアンスに近い。

馮異は戦うときも後ろにいたわけではない。
「非交戰受敵,常行諸營之後」
「戰いを交え敵を受くるに非ずば,常に諸營の後を行く」
敵を迎えて戦うときでなければ常に他の軍の後ろにいたということ。

光武帝の若い頃の有名な台詞
「何用知非僕邪?」
「僕に非ずと知りて何に用いんや?」
みんなが「大臣の劉秀なのか?」と蔡少公に聞いたので、「僕じゃないことがわかったらこの予言の使い道ないじゃん!みんな僕を皇帝にする気がないの?」という痛烈なボケジョークを入れたということ。

光武帝は郭聖通を婚姻したが劉揚の兵力をもらったわけではない。というのもさらに光武帝が前進したとき兵力が数万人になったと書かれている。劉揚は十万の兵力を持っていたのだから、合流していたのなら数万人なわけがない。河北での光武帝の主戦力は、突騎と銅馬の二つであって劉揚の力はあまり関係がない。
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