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光栄式数値の説明 劉秀の場合

   統率  武力 知力 政治 魅力
劉秀  94  99  86  100  92

解説

 統率力は高い。劉秀は挙兵当初から軍紀の高さで知られていた。

 武力がなぜこんなに高いと見るべきかは比較して考えるとわかる。劉秀が敵中に突入して戦ったのは少なくとも3回あり、それは王邑との昆陽の戦い、鄧奉との小長安の戦い、龐萌との桃城の戦いである。そのときの同行した将軍を確認すると、
 昆陽の戦い:鄧晨、王覇、任光、傅俊、馬武、臧宮、劉隆、趙憙。
 小長安の戦い:岑彭、耿弇、賈復、傅俊、臧宮、朱祜、王常、劉嘉、耿植。
 桃城の戦い:賈復、銚期、耿純、李忠、邳彤、堅鐔、蓋延、呉漢、王常、王梁、馬武、王覇、そして隗囂の使者である馬援。
 こういうもの凄いオールスターメンバーでなぜ劉秀自らが突入して戦うのか考えると、劉秀が一番強いからと考えざるを得ない。しかも劉秀が戦うと部下の活躍がそれほど目立たなくなるのだ。

 知力はみな過剰評価している。劉秀の知力のエピソードは多く未来予言の形を取っている。部下の将軍の失敗を予言するなど。しかし本当の知力のエピソードというのは、それにより未来の失敗を回避するものであって、そのまま失敗するのでは予言に意味がなく、言っていないと同じ。むしろ劉秀の予言的発言は単に劉秀に発言数が多いことと、外れた予言が史書に採用されていないだけと見るべき。
 また隗囂戦での繰り返された戦略ミスや、廬芳の扱いの失敗とか、戦略眼の悪さを考えるべき。あるいは統一戦争で、平和的に降伏させた敵が少なく中国全土を焦土してしまったことなど、謀略的能力の低さは明白。

 政治力は抜群に高い。特に全国土地人口調査である度田は、昔は失敗扱いだったが、近年はほぼ大成功という判断に転換されている。国全国に展開された人権政策から行政改革までねばり強い政治力は圧倒的。おそらく一個人主導の改革としてはその数も規模も史上最大級でしかもすべて成功している。政治力って忍耐力なんだなあとしみじみ思う次第。

 魅力は実は相当低いんでないかと思う。挙兵前の部下の数を考えると、劉備も曹操も劉邦もいっぱいいるのに、劉秀は事実上部下が一人もいないのだ。朱祜は劉秀でなくて兄劉縯の部下だ。劉秀を評価していたのは、鄧禹と鄧晨の二人だけで、それも部下ではなかった。
 もちろん昆陽の戦い以降、強烈なカリスマ性を見せる。河北で流浪したときの二十八将が吸い寄せられるように集まるのは圧巻だし、皇帝なってからの有能な文官の多さも驚異的。
 ただこれは魅力と言っても、武力が強烈だから武人が集まり、政治力が圧倒的だから文官が集まったという、能力に対する魅力であって、その能力を発揮して初めて感じられるもので、何もしなければ感じられないものであるから、能力としての魅力とは言い難いと思う。
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